大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成10年(ワ)11694号 判決

東京都〈以下省略〉

原告

X1

東京都〈以下省略〉

原告

有限会社X2

右代表者代表取締役

右両名訴訟代理人弁護士

永田晴夫

茨木茂

大阪市〈以下省略〉

被告

日本アクロス株式会社

右代表者代表取締役

東京都〈以下省略〉

被告

Y1

右両名訴訟代理人弁護士

熊谷信太郎

右両名訴訟復代理人弁護士

布村浩之

主文

一  被告らは、原告X1に対し、連帯して金二一一五万八八〇一円及びこれに対する平成九年一二月一八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告らは、原告有限会社X2に対し、連帯して金六七八万三五二一円及びこれに対する平成九年一二月一八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用はこれを一〇分し、その六を被告らの連帯負担とし、その四を原告らの連帯負担とする。

五  この判決の第一項及び第二項は仮に執行することができる。

事実及び理由

第一原告の請求

一  被告らは、原告X1に対し、金三三五一万三五四一円及びこれに対する平成九年一二月一八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告らは、原告有限会社X2に対し、金一〇七八万二三四〇円及びこれに対する平成九年一二月一八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  仮執行宣言

第二事案の概要

一  事案

本件は、原告X1及び原告有限会社X2(以下「原告会社」という。)が、被告日本アクロス株式会社(以下「被告会社」という。)に委託して行った商品先物取引について、担当者である被告会社従業員被告Y1が違法な行為をした結果原告らは多額の損害を被ったとして、不法行為に基づき、被告らに対し損害賠償を求めたところ、被告らはこれを全面的に争った事案である。

二  争いのない事実

1  原告X1は、a株式会社に長年勤めた後、関連会社に移り、平成元年六月に同会社を退職した。原告X1は、本件の取引当時七一歳であった。

原告会社は、不動産を賃貸管理する会社である。

2  被告会社は、東京工業品取引所等の商品取引員であり、被告Y1は被告会社東京支店所属の外務員で、原告らとの取引を担当した者である。

3  被告Y1は、平成九年九月一八日、原告X1の自宅を訪問し、東京工業品取引所のアルミニウムの商品先物取引を被告会社に委託することを勧誘した。そして、原告X1は、同日被告会社に商品先物取引を委託した。

4  原告X1について、九月一九日(金)、買玉二〇〇枚の取引が行われ、翌営業日の九月二二日(月)にさらに買玉二〇〇枚の取引が行われ、初日分と合わせて四〇〇枚の取引になった。さらに九月二四日(水)には、売玉四〇〇枚の取引が行われ、両建となった。

5  原告X1について、一〇月九日(木)から東京穀物商品取引所のとうもろこしの商品先物取引が開始され、同月一七日(金)からは関門商品取引所のとうもろこしの商品先物取引が開始された。

6  一〇月二一日(火)からは、原告会社について東京穀物商品取引所のとうもろこしの商品先物取引が開始され、同月二二日(水)から原告X1について東京穀物商品取引所の米国産大豆の商品先物取引が開始された。さらに同月三一日(金)から原告会社について関門商品取引所のとうもろこし、一一月六日(木)から原告会社について東京穀物商品取引所の米国産大豆、同月七日(金)から原告X1について関西商品取引所の輸入大豆、同月一三日(木)から原告会社について中部商品取引所の乾繭の商品先物取引が開始された。

7  原告X1が一一月一七日(月)にb病院で検査を受けた結果、入院して検査を受ける必要があることが判明し、原告X1はその後被告Y1に電話し、少なくとも原告X1がb病院で一一月一七日に検査を受けたことを伝えた。

原告X1は、一二月三日(水)にc中央病院に入院したが、同月一六日(火)に原告ら訴訟代理人の永田弁護士同席の上、被告Y1に入院中の病室に来てもらい、全取引の仕切を求め、同月一七日(水)に全取引が決済され、原告らと被告会社との間の商品先物取引(以下この取引全体を「本件取引」ということがある。)は終了した。

8  本件取引の結果、別紙「取引結果」のとおり、原告X1名義の口座について合計二九〇一万三五四一円の損失が、原告会社名義の口座について合計九二八万二三四〇円の損失が発生した。

三  争点

1  本件取引に関し被告らに原告らに対する不法行為が成立するか。

2  被告らに原告らに対する不法行為が成立する場合に、被告らが賠償すべき損害額はいくらか。

四  争点1に関する当事者の主張

1  争点1に関する原告らの主張

(一) 原告X1の属性

原告X1は一貫して技術畑の人間であり、本件取引を勧誘された当時は、完全に勤めを辞めて既に七年を経過しており、病弱の妻と二人で、年金と家賃収入で暮らしていた。そして、先物取引の知識・経験・関心はおろか、株取引の経験もなかった。このような原告X1が、商品先物取引を短期のうちに理解し、自己の判断で売買を進めていくことはおよそ困難であった。

(二) 執拗かつ先物取引であることを告げない勧誘

被告会社社員Cの勧誘は非常に執拗であり、また、目的を隠した違法なものであった。原告X1は、Cの話からは、投資信託かはやりの金融商品であると思っていた。平成一一年四月一日施行の改正商品取引所法(平成一〇年四月二二日法律第四二号による改正後の商品取引所法。以下右改正後の商品取引所法を「改正法」という。)の下では、このような勧誘は明文をもって禁止された。もしそのような違法勧誘がなければ、原告X1が被告会社と本件取引をすることはなかった。

(三) 説明義務違反

商品取引員及びその外務員は、取引契約をするに先立ち、顧客に対し取引の仕組み・やり方・危険性を十分理解させるまで説明すべき義務がある。商品取引員には、最低限「商品先物取引 委託のガイド」と「受託契約準則」を熟読していない顧客に対しては、その内容を熟読したと同程度の説明を行うべき義務がある。本件においては、被告会社及び同Y1はこの義務に違反し、しかも被告Y1は、甲一に端的に表れているように、儲かることを過度に強調したセールスをしたのである。原告X1には当時危険を冒して金を儲けなければならない事情は全くなかったから、同原告が商品先物取引の危険性を真に説明されていれば、本件取引を始めることはなかった。

(四) 一任売買・無断売買、外務員主導の取引

原告X1が自主的・主体的かつ具体的に取引内容を判断して指示したものはない。原告X1は完全な素人であり、商品先物取引は専門家である外務員が顧客の利益を考えて適当に売買を進めていくものなのだろうと思い、被告Y1が勝手に売買を進めていくことに対し特に異議などは述べなかった。被告Y1から事前に連絡があっても、結論だけの一方的な指示であり、原告X1としては、被告Y1の言に従うほかなかった。しかも、そうした事前連絡すらすべて行われたとはいえず、事後報告であったり、それもない全くの無断売買もあった。特に、一〇月一六日、一七日、二三日、二四日には原告X1は旅行中であり、これらの日の取引は明らかに無断売買である。

このような売買のやり方は、一任売買ないし無断売買として、平成一〇年四月二二日法律第四二号による改正前の商品取引所法(以下、この改正前の商品取引所法を単に「法」という。)九四条三号、四号、平成一〇年九月二九日農林水産・通商産業省令第五号による改正前の商品取引所法施行規則(以下この改正前の商品取引所法施行規則を単に「規則」という。また、改正後の同規則を「改正規則」という。)三二条、三三条三号で禁止されている違法行為である。

(五) 過当売買

(1) 本件のような多量・多商品・多数回の取引が原告らにとって適合的でないことは明らかである。

(2) 本件においては、新規取引の翌々営業日には八〇〇枚(必要証拠金の額は七二〇〇万円であり、また、当時の約定値段の概算値二〇五円で考えると、アルミの総代金では実に一六億四〇〇〇万円という取引規模になる。)という大きな取組高になり、以後数百枚台、一千枚台で取引が推移している。一般委託者の平均建玉(残玉)枚数が四〇枚台であるという統計的事実や、新規委託者保護管理規則で二〇枚と規定されていることに照らすと、本件取引はいかにも多量である。

相場変動による危険は取組高の枚数に比例する。そして、取組高がいったん多量になった後には、少量の新規売買でもさらに取組高を増加させるものであるから、それも多量の取引と評価すべきである。したがって、本件取引においてはすべての新規売買が多量の取引であったというべきである。

(3) 本件取引期間における営業日数(取引所立会日数)は六〇日である。原告ら名義の全取引回数(玉を建てて(新規)一回、落として(仕切)一回、分割落とし(仕切)は各落とし(仕切)で一回と数える。)を、東京アルミがザラバ取引であることを被告らに有利に考慮して数えると、原告X1名義の取引は二〇一回、原告会社名義の取引は一一五回、合計三一六回となるから、これを営業日数六〇日で割ると約五・三回となる。これは、素人が一つ一つについて相場観を分析・研究し、売買の要否・適否をまともに判断できるような回数ではない。明らかに過当な取引であり、また被告らが原告らの意思に基づかずに勝手に売買をしていたことを示す事情である。

(4) 別紙のとおり、本件では差引損金以上に手数料の方がはるかに多くなっており、売買自体では合計で益となっているものの、それ以上に手数料がかかったため差引合計では損となったというパタンである。この点は、本件取引が顧客のためではなく取引員のための取引であったことを如実に物語る。

(六) 両建

(1) 原告X1名義・東京アルミの新規建玉注文は実質八回であるが、このうち五回が両建注文である。この五回の建玉枚数合計は一一五〇枚(四〇〇+二〇〇+一五〇+一〇〇+二〇〇)であり、この手数料だけで合計一三八〇万円となり、東京アルミ全体の手数料一八六〇万円の実に約七四パーセントを占める。

東京アルミの取引期間(九月一九日から一二月一七日まで)のうち、両建でない期間は一四日間(九月一九日から二四日まで、九月二六日から二九日まで、一〇月九日から一四日まで、一〇月一六、一七日)のみであり、残七四日間は両建状態になっている。

(2) 東京アルミの取引のうち、九月二四日と九月二九日の建玉は、値洗が益であるのに両建を行っており、違法性が非常に強い。

九月二四日の両建についてみると、両建直前の原告X1の建玉は、買四〇〇枚であり、平均約定値段は二〇五・〇五五円であるから、前日終値(九月二二日・二〇七・五円)による値洗は、九七八万円の益となり、手数料に対する消費税や取引所税を差し引いても十分な利益となっている。しかし、顧客の利益を考えない被告らは、この時点で仕切らず、二四日の始値(寄付)は、前日終値よりさらに上昇して二〇八・五円となったが、この段階でも仕切らず、二〇五・九円に値下がったところで売を建てて両建にした。この段階では、手数料は抜けていない状態ではあるが、値洗は益の状態であった。委託のガイド(乙三の1)でも、被告会社の説明書面(乙五)でも、両建は値洗が損になって行うものとされており、この両建は異常で悪質なものである。

(3) また東京アルミについて、一〇月九日時点で五〇〇枚の買玉があり、一〇月一四日時点で値下がりして値洗損が発生し(すなわち、買玉は因果玉(値洗がマイナスとなっている建玉)となった。)、この時点で損切ではなく両建が行われ、さらに値下がりしたので、一〇月一六日に売玉を仕切って利益を出し、その翌日にさらに値下がりしたので、再び売玉一〇〇枚を建てて両建(一部両建)とし、その後の続落を受けて一〇月二二日に買玉二〇〇枚の売落と売玉二〇〇枚を建てて三〇〇枚ずつの完全両建となった。この一連の経過をみると、一〇月九日時点の五〇〇枚の売玉の値洗損は増大するに任されており、典型的な因果玉の放置に該当する。

(4) 改正法下では、委託者保護の見地から、改正規則四六条一一号により、両建勧誘禁止が明文化された。立法趣旨からすると、異限月、数量違いの両建も、当然勧誘禁止対象と解すべきである。

両建が顧客にとって有害無益で不合理な理由は次のとおりである。すなわち、両建は、両建をした時点で実質的に損が固定され、損切をしたのと変わらない。しかし、損切であれば、その後また新たに建玉をするかどうかは相場の動向をみて自由に判断できるが、両建をしてしまえば否応なくどこかの時点で建玉を仕切らなければならない。しかし、二つの建玉を同時に仕切ったのでは、手数料が二倍かかるだけの馬鹿な話になるから、片方ずつそれぞれ良い時期に仕切らなければ意味がない。しかし、片建でも仕切時期を判断するのは難しいのに、両方良い時に仕切るのは至難の技である。このように両建は、はずす時期を見つけるのが難しく、たまたまうまくいったところで、それは両建をしなければ得られないメリットではなく、いったん損をして後日新規に建玉をしてそれを仕切るという方法(損切新建法)をとればいいだけの話であるから、泥沼に陥る危険のある両建を敢えてとらなければならないメリットというものはない。両建は、顧客を引くに引けない取引の泥沼に引き入れる元凶となるものであって有害無益である。

被告会社は、両建は「ヘッジング(保険)機能をもつ対処法です」などと堂々と公言しているが(乙五)、これは重大な誤解を与える文言であって、両建の説明として不当である。

(七) 売直し・買直し

売直し、買直しは、手数料の負担ばかり増える不合理な取引手法である。同一場節に限って本件取引の「直し」を指摘すると、次のとおりである。

(1) 原告X1名義・東穀コーンの一〇月一七日の一〇〇枚の売直し

(2) 原告X1名義・関門とうもろこし

一二月二日、買玉五〇枚を仕切ると同時に、再び買玉一〇〇枚を建てている。このうち五〇枚が買直しに当たる。

(3) 原告X1名義・東穀米大豆の一一月二〇日の一〇〇枚の売直し

(八) 新規委託者保護義務違反

商品先物取引の高度の危険性、専門性に照らすと、商品取引員及びその外務員には、顧客の利益に配慮して行動すべき忠実義務が認められ、少なくとも顧客に不測の損害が及ばないように適切な指導助言をすべき高度の注意義務があると解される。とりわけ顧客がそれまで取引経験のない新規委託者であれば、最大限右の義務が課されてしかるべきである。

このような点を背景にして、本件取引当時、商品取引員の業界団体である社団法人日本商品取引員協会は、「受託業務に関する規則」を作成して、「委託者の保護育成」を図るべきことを期し、商品取引員に対して、受託業務管理規則の制定を義務付け、これを受けて商品取引員各社は「受託業務管理規則」を制定し、委託者の保護育成を期し、とりわけ取引未経験の新規委託者については、取引開始三か月以内は「習熟期間」として特別の保護育成を図ることとしていた。被告会社も同様の受託業務管理規則を有していたところ、同規則によれば、習熟期間の新規委託者に不測の損害が及ばないための具体的な規制として、右期間内の建玉は原則として二〇枚以内とされていた。もっとも、受託業務管理規則には、社内の管理責任者が個別審査をすれば、右二〇枚規制をはずすことができる旨の尻抜規定が存在した。しかし、形式上社内審査を通っていたとしても、法律上の義務である忠実義務ないし注意義務が免除されるものではない。

被告らは、新規委託者たる原告らに対する保護義務に違反したことが明らかであり、また、本件取引は取引開始から丁度習熟期間である三か月以内の出来事であって、被告らの行為の違法性は極めて強い。

(九) 被告らの責任

本件事実関係の下では、取引勧誘から終了に至るまでの本件一連の取引には右にみたような重大な違法性があり、一連の取引は一個の不法行為に該当する。被告Y1は直接の行為者として民法七〇九条の責任を負い、被告会社は、七〇九条又は七一五条の責任を負う。

2  争点1に関する被告らの主張

(一) 原告の属性

原告X1は、d大学を卒業し、a株式会社に長年勤務し同社で技師長まで勤め、同社の関連会社で常務取締役などを歴任した者であって、社会経験も豊富で、地位も高く、知力も一般人以上の水準の者である。

原告X1は、東京都心の一等地や都区内に不動産を所有し、さらに原告会社の大部分の持分を有し、三菱信託銀行の株式七万株を始め、上場企業の株式、国債、預金等の多額の金融資産を有していた。また、年間七〇〇〇万から八〇〇〇万円程度の不動産賃貸収入があり、原告X1は極めて多くの資産を有する大資産家である。

原告X1は、リスクはあっても積極的に取引を行うという投資意向を有していた。また、同原告は、時間的余裕も十分にあり、非常に熱心に商品先物取引に取り組んでいた。

(二) 被告Y1の説明内容

(1) 被告Y1は、従来原告X1を訪ねたりしていた部下のC社員とともに、平成九年九月一八日に原告X1宅を訪問した。

この時、被告Y1は、原告X1に対し、委託のガイド等を示しつつ、①商品先物取引は、期限の日(限月)が定められており、その時点までに初めの取引とは反対の売買を行うことにより、売りと買いとを相殺し、その差額を受払して取引を終了させることができるという差金決済の仕組みや、②商品先物取引は、一般の株式取引と異なり、相場が思惑どおりに上昇すれば大きな利益になるが、逆に思惑が外れると、委託証拠金以上の損が出ることもあること、③値洗の説明や、値洗損が証拠金の五〇パーセントを超えてしまった場合に取引を続けるには、追証を入れてもらわなければならず、そうでなければ決済しなければならなくなること、追証を入れても相場が回復しないときにはさらに追証が発生し、入金していた証拠金が戻らなくなったり、足らなくなったりすることもあること、④その他、「難平」、「途転」、「両建」の説明とその際の注意点などについても説明した。

(2) その際被告Y1は、アルミニウムの場合にどうなるのかを、メモ(甲一)を書きながら具体的に説明した。アルミニウムを二〇〇枚で取引した場合、一〇円上がれば一七四〇万円が純利益になることを説明しつつ甲一に記載したことは事実である。しかし、逆に一〇円下がると二〇〇〇万円の計算上の損になることも説明している。さらに、四円五〇銭下がると九〇〇万円の損になり、本証拠金一八〇〇万円の半分の損になるが、そこから一〇銭でも下がると損計算が本証拠金の二分の一を超えるので追証が発生すること、その場合には建玉を決済するか、追証を入金し取引を継続するかを決めてもらわなければならないこと、決済した場合、たとえば買値から五円安いところで決済したのであれば、一〇〇〇万円と手数料二六〇万円を足した金額が損金となることなどを、具体例を挙げつつ説明した。説明中原告から質問が出ることもしばしばであった。また、アルミニウムについての説明も十分に行っているし、儲かることを過度に強調したこともない。

(3) その結果原告X1は取引をすることを決め、約諾書(乙一)、受領書(乙二)、予測が外れた場合の売買対処説明書(乙五)に署名して被告会社に提出し、委託のガイド(乙三の1、2)、受託契約準則(乙四)、予測が外れた場合の売買対処説明書(乙五)を受領した。

(4) 九月一九日、被告Y1は、原告X1が株券を保管していた銀行を訪問し、同銀行の商談コーナーで、復習の意味でもう一度商品先物取引について説明した。

また、被告Y1は九月一八日に、被告会社の管理部のD副部長は一〇月三日に、残高照合回答書の見方についてそれぞれ原告X1に十分説明している。その結果、原告は商品先物取引について理解できたというアンケート(乙六)を提出しているのである。

(5) 原告X1は、自己に都合の悪い事柄は「すべて億えていない」、あるいは「Y1を信用していた」と述べることにより、それを覆い隠そうとしているのであって、供述全体としても信用できず、供述態度も不誠実極まりない。

(三) 外務員主導の取引(一任売買・無断売買)であったのかについて

(1) 被告Y1は、原告らに対しすべて事前に連絡をし指示を得て取引を行っており、事後連絡さえもない全くの無断売買など存在しない。原告X1は、為替相場の動向につき自らの経験則を基にした自分なりの考え方を持っていた。原告X1の方から被告Y1に連絡してきたことが三対一の割合であり、原告X1からも積極的に情報収集して取引を行っていた。

原告X1が家を留守にして連絡がとれないときには、事前に打合せをし、相場がどう動いたら何を何枚取引するかをあらかじめ決めていた。また、原告X1が外出先からわざわざ被告Y1に連絡してきたこともあった。入院後はほとんど原告X1の方から連絡してきた。

被告Y1は、一二月八日に原告X1の入院先を訪問した際、初めて取引終了に関する話を聞いたが、その際も原告X1は「自分の金だから好きにしたいが、家族がやめろと言っているので、仕方がない。ただ、決済するにしても、もう少し値段のいいところでやりたい。」と述べて、取引継続に対する強い意思を示していた。

したがって、本件取引は、外務員主導の取引でもないし、一任売買・無断売買でもない。

(2) 原告X1は、病院に行った一一月一七日以降の新規の建玉は一切指示していないと供述している。しかし、原告X1は、被告らに対し本件訴訟に至るまで一度も無断で取引されたというようなクレームを述べていない。そして、訴状においても無断売買の主張はされていなかった。

また、原告X1は、損益を認識していなかったかのような供述をしているが、残高照合回答書で何度も回答しており、同原告の供述は信用できない。

(四) 「過当売買」との主張について

(1) 過当な売買であるかどうかは、その顧客の知識や理解力、資産、顧客の投資意向等を考慮した上で相対的に評価されるべきである。原告X1についての右各諸点を考慮すれば、本件取引は過当売買などではない。

(2) 多量の取引との主張について

(ア) 九月一八日、原告X1は、委託証拠金として使用できる株として三菱信託銀行株七万株があると言っていたことから、被告Y1において、その時点での充当価格(一株一二一〇円)では八四七〇万円分の委託証拠金となることを伝えたところ、二〇〇枚建玉するなら一万五〇〇〇株で取引可能ということになり、アルミを二〇〇枚購入することになったものである。原告X1は、当日、あまり小さい金額でやっても面白くないと言っていた。

九月一九日、被告Y1が銀行で、通常は証拠金は余分に入れておくことが多いことを述べたところ、さらに一万五〇〇〇株が差し入れられた。九月二二日に、アルミニウムの入電が高いことと為替が円安になりそうとの話をし、証拠金に余裕があるがどうしますかと提案したところ、原告X1がさらに二〇〇枚を増玉することに決めたのである。

九月二四日の四〇〇枚の建玉も、相場状況に即して、原告X1と被告Y1が相談の上、同原告が選択して行ったものである。

(イ) 被告会社内には新規委託者の保護育成を図るための規則があるが、それは「外務員の判断枠を二〇枚にする」というものである。原告X1の資質、資力、投資意向等を考慮し、かつ、原告X1が二〇〇枚購入するとの意思を表明したので、被告会社内で審査の結果、これを会社として認めたものであり、問題はない。

(3) 多商品との主張について

原告らの行った銘柄の取引は、次の(ア)から(ウ)までに述べるとおり、すべて相場の動きを見て原告らの判断で開始されたものであり、何の根拠もなく被告らが勧めたものなど一つもない。

(ア) 一〇月九日に開始された「コーン」について

原告X1が取引をしていたアルミニウムは、九月二四、二五日と円急騰によって急落した後、レンジ内の動きをしていた。そのころ、コーンは、シカゴ市場で輸出好調や中国の生産下方修正説のニュースが出ているにもかかわらず、収穫進展見通しにより一〇〇〇円程度価格を下げていた。しかし、被告Y1は逆に買場面が来ると思っていたので、原告X1にコーンの状況についての話をしていた。すると、一〇月八日入電のシカゴ市場は、中国の供給タイト懸念から輸出停止説が出てストップ高となった。このように、被告Y1が話していた方向で相場が動いたので、翌九日に同被告が原告X1に電話し、状況を説明して話し合った結果、コーンの取引が開始されたのである。

(イ) 一〇月二二日に開始された「大豆」について

被告Y1は、大豆は世界の生産予想が前年よりも多いにもかかわらず、値段が堅調であったことから、価格が上昇する可能性が高いと考え、原告X1にたびたび大豆の説明をしていた。

大豆の値動きは、一〇月一三日から一六日まで上昇し、一七日には一時ストップ安、翌営業日の二〇日にも大幅安となった後、二二日入電のシカゴ市況は中国とブラジルの買付キャンセル懸念で反落した後、コーン高につられ上伸した。このことから、被告Y1は買場面であると考え、原告X1にその旨を伝えて話し合った結果、大豆の取引が開始されたのである。

(ウ) 一一月一三日に開始された「乾繭」について

乾繭の価格は、実需不振等のニュースで九月一〇月と下げ基調にあった。被告Y1は、一〇月中から乾繭取引の仕組みや市況等を原告X1に説明し、値動きをみてもらっていた。一一月一三日、乾繭が安値を更新したので、被告Y1は売場面であると考え、原告X1にその旨を伝え、話合いの結果原告会社が乾繭の取引を開始したのである。

(4) 多数回の取引との主張について

原告らが主張するような取引回数の数え方に基づいて計算するならば、原告ら主張の回数になるのであろう。しかし、それ以上の回数の取引を行っている者も大勢いるのであり、また、本件では、複数の銘柄の取引があり、原告X1名義と原告会社名義の取引があるのだから、それによっても必然的に取引回数は増えるのであって、異常な回数ではない。

仮に取引回数が多いとしても、それは原告らが商品先物取引に熱心に取り組み、取引の指示を出した結果である。

原告らは、手数料の額を問題にするが、取引を行えば手数料がかかるのは当然であって、原告もそれを十分に承知の上で取引の指示をしたのである。損益は市場で決まることであるから、取引の損益と比較して何らかの意味があるとする原告らの主張は失当である。

なお、原告らは、手数料引前の売買損益では原告ら合計で一八四九万二三一一円の益であるというが、右金額は取引所税を差し引いた額であり、益は一八七〇万七七〇〇円というのが正確である。

(五) 両建等について

(1) 原告らは、あたかも両建がそれ自体許されないことのように主張する。しかし、両建は、予想が外れた場合でも、差損益金を固定したまま、先行きが把握できるまで様子を見ることができるというメリットがある。他方、一方を処分した後に値段が逆に動いた場合には、かえって損金が大きくなるというデメリットがある。被告Y1は、九月一八日、一九日、二四日に、繰り返し原告X1に対し両建を含む予想が外れた場合の対処法について説明している。

本件における両建は、原告らがそのようなメリット・デメリットを認識した上で、両建を行う理由のある状況下において自らの判断で行ったものであり、全く問題はない。

(2) 九月二四日及び二九日の両建の経過

(ア) 九月二四日の四〇〇枚の両建について

九月二四日午後一二時ころ、為替が前日の一二二円台から一一九円台へと急騰し、高寄りしたアルミニウムの価格が下がってきたため、被告Y1が原告X1にその旨を伝えた。同被告が、アルミ相場自体は上げ基調であると予想されること、しかし為替相場次第で目先の乱高下もあり得ることを話すと、同原告はそれに同意し、円高によるアルミ相場の下げを心配していた。このため同原告と対応を検討したところ、同原告は、買玉を決済すると損になること(原告ら主張のとおり、値洗では益であるが、手数料額がその時点での益より多いため、決済すればトータルでは損になる状況であった。)、アルミ相場自体は上げ基調であると予想されることからすると、買玉の決済はしたくないので、売建してくれということで両建が行われたのである。

なお、その時点では原告には値洗損が出ていた(アルミの一九九八年八月限の九月二四日の安値は二〇四・六円であり、原告X1の九月二二日の約定値段である二〇五・四~二〇五・六円より下がっている。甲一八の1参照。)のであるが、売玉注文が成立するまでに値動きがあり、売建が成立した時には値洗損ではなくなっていたのである(もっとも、手数料額が値洗益よりも多いため、決済すれば損になる状態であった。)。

(イ) 九月二九日の二〇〇枚の両建について

九月二六日に右の四〇〇枚の売玉を決済し、四〇〇枚の買玉一本となっていたが、再度為替に円高の懸念が出ていたため、被告Y1が原告X1と対応を検討した。やはり、原告X1は、二四日と同様に買玉を決済をすると損になるため、アルミ相場自体は上げ基調であると予想されることからすると、買玉の決済はしたくないので売建してくれということであった。そのため両建が行われたのである。

(ウ) 原告らは、両建は因果玉の放置と組み合わされることが多いと主張するが、被告らにおいて意図的に組み合わせたようなことはない。

(3) 売直し等について

原告らから売直し等についての指摘もあるが、これをする場合にも、たとえば売玉をいったん決済して利益をとり、その利益を他の損切に当てるなど、状況や顧客のニーズに応じ、様々な場合があり、その時々の作戦があるのである。一見手数料だけかかっているように見えても、顧客との話合いにより、その時の顧客のニーズに応えて作戦をたて取引がされたのであれば問題はない。本件はまさにそのような場合である。

五  争点2に関する原告らの主張

1  損金相当の損害金

原告X1 合計二九〇一万三五四一円

原告会社 合計九二八万二三四〇円

2  弁護士費用相当の損害金

少なくとも、次の額とするのが相当である。

原告X1 四五〇万円

原告会社 一五〇万円

3  合計

原告X1 三三五一万三五四一円

原告会社 一〇七八万二三四〇円

4  よって、原告らは被告らに対し、各自前記損害金とこれに対する不法行為の後であることが明らかな本件取引終了日の翌日である平成九年一二月一八日以降の民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

第三当裁判所の判断

一  事実経過

前記争いのない事実に、証拠(甲一、一一、一二、一七、一八の1から4、乙一、二、三の1、2、四、五、七、八、九の1、2、一〇、一一、一二、一三の1から12、一四の1から6、一五の1、2、一六の1、2、一七の1から4、一八の1、2、一九の1から3、二〇の1から3、二七、二八の1から24、二九の1から13、三〇、原告本人兼原告会社代表者X1、被告Y1)及び弁論の全趣旨を併せると、次の事実を認めることができる。乙一九、三〇、三一中及び被告Y1の供述中この認定に反する部分は、その他の右各証拠に照らし、いずれも採用することができない。

1  原告X1は、大正一五年生まれで、本件の先物取引を始めた平成九年九月当時七一歳であった。原告X1は、d大学工学部を卒業し、a株式会社に長年勤務して技師長を勤め、さらに同社の関連会社で常務取締役などを歴任し、平成二年六月三〇日同会社を退職した。その後は他に勤めることもなく、妻と二人で暮らしていた。

原告X1は、東京都心の一等地や都区内に不動産を所有し、さらに原告会社の大部分の持分を有し、三菱信託銀行の株式七万株を始め、上場企業の株式、国債、預金等の金融資産を有していた。また、年間七〇〇〇万から八〇〇〇万円程度の不動産賃貸収入があり、この不動産収入と年金とで暮らしていた。

原告X1は、右のように株式等の金融資産を有していたが、相続により取得したものも多く、株式の売買取引や、本件のような先物取引等の経験はなかった。

2  平成九年九月、被告会社のCがたびたび原告X1に電話をしてきたり、訪ねてくるようになった。これに対し原告X1は、Cの勧誘目的が投資信託やはやりの金融商品程度のものであろうと思っていた。

九月一八日(木)、被告Y1がCとともに原告X1方を訪れたので、原告X1はやむなく自宅内に入れたところ、被告Y1はアルミの先物取引について説明をし出した。被告Y1は、新聞の切抜記事等を示して、「アルミを買っておけば儲かる、値段が一〇円上がると、二〇〇枚の取引で一七四〇万円の純利益が得られる。」などと話した。被告Y1は、「商品先物取引―委託のガイド」を示して、内容をひととおり説明し、取引によって損が発生することもあること、委託証拠金の半額を超える損金が発生したときには、決済するか、追証を差し入れる必要があることなどを説明した。そして、被告Y1は、一般的には儲かることもあれば損をすることもあるが、アルミについては今は儲かる状況であるなどと話し、また、現金でなく、株式を委託証拠金にすることもできる旨を説明した。

3  原告X1は、被告Y1の全体的な説明から、商品先物取引が大きな損をする可能性がある取引であることを深刻に認識せず、現金を使用せずに株式を差し入れることにより大きな利益を得ることができる取引であるとの印象を抱き、また、病臥している妻の関係で、早く帰ってもらいたいとの気持ちも加わって、被告Y1の勧めに従って商品先物取引を始めることにした。

そして、原告X1は、約諾書(乙一)に署名捺印し、「商品先物取引―委託のガイド」(乙三の1、2)、受託契約準則(乙四)、「予測が外れた場合の売買対処説明書」(乙五)を受領した。

4  翌九月一九日(金)、原告X1は、委託証拠金として三菱信託銀行の株券一万五〇〇〇株を渡すため、同株券を貸金庫に預けている銀行で被告Y1と待合せをした。同株券は、原告X1が父親から相続で取得したものであったが、株券を渡す際、原告X1が被告Y1に対し「損をして親の遺産の株券を処分するようなことはしたくない。」などと述べると、被告Y1は、「それなら両建をすればいいですよ。」などと言うので、原告X1は、それを了承し、両建のための委託証拠金として三菱信託銀行の株券三万株を委託証拠金として交付した。

原告X1は、被告Y1から受領した各資料を全く読んでおらず、両建の意味を十分理解しないまま、被告Y1の説明をそのまま信用し、両建を損をしないための方策であるといった程度に理解して、右株券を交付したものであった。

5  九月二二日(月)ころ、被告Y1が「今が一番いい時期だから、アルミをもう二〇〇枚やったらどうか。」などとしきりに勧めるので、原告X1もその気になり、二四日(水)に前記銀行で被告Y1に対しさらに三菱信託銀行の株券三万株を交付した。この時も、原告X1は、売り買い二〇〇枚ずつの両建で三万株必要になるものと判断したものであった。

6  被告Y1は、東京アルミについて九月一九日(金)に二〇〇枚を、二二日(月)に二〇〇枚を買建し、建玉は合計四〇〇枚となった。そして、二四日(水)には、四〇〇枚を売建し、建玉は合計で八〇〇枚になった。新規取引開始の翌々日におけるこの合計八〇〇枚という取引は、その必要証拠金の額としては七二〇〇万円、また、当時の約定値段の概算値二〇五円で考えるとアルミの総代金では一六億四〇〇〇万円という取引規模になる。このように、アルミを始めとする原告X1の商品先物取引全体の取組高は、取引開始直後にいきなり八〇〇枚になった後も、おおむね数百枚台から一千枚台の間で推移することになった。

7  九月一九日(金)に買い付けた二〇〇枚の東京アルミ(成立値段は、一〇枚について二〇四・五円、一二五枚について二〇四・六円、六五枚について二〇四・七円であった。)について、翌営業日二二日(月)の始値は二〇五・五円であったから、その時点における値洗益は一七四万五〇〇〇円となっており、また、同日の終値は二〇七・五円であったから、その時点における値洗益は、五七四万五〇〇〇円となっていた。

二二日には、さらに二〇〇枚を買い増していたから(成立値段は二〇五・四円から二〇五・六円)、二二日の終値との関係では、建玉四〇〇枚の値洗益は、合計で九七八万円となっており、手数料及びその消費税(以下「手数料等」という。)合計五〇四万円を控除しても、四七四万円の利益が出ている状態であった(実際にはそのほかに若干の取引所税が賦課されるから、利益はこの数字よりも若干少なくなるが、大雑把にはこの数値で損益を論じても不相当ではない。以下においても同様である。)。

二四日の始値は二〇八・五円であったから、これによって値洗益を計算すると一三七八万円となり、手数料等を差し引いても九八七万円の利益が出ることになる。

しかし、被告Y1は、いずれの時期においても、そのことを原告X1に知らせず、また、仕切を勧めるようなこともなかった。

8  九月二四日、東京アルミにおいて右のような状態であるのに仕切をしないまま、二〇五・九円に値下がりした時点で売を建てて両建となった。この段階では、買の建玉については、手数料等を考慮すると損の状態になっていたが、値洗は益の状態であった。

ところが、九月二六日に二〇四・六円に値下がりした時点で右の売建玉を仕切って利益を出し(値洗益は五二〇万円であるが、手数料等は五〇四万円となる。)、二九日には、二〇〇枚を二〇五・五円でまた売建し、一部両建の状態になった。そして、一〇月一日に一〇〇枚を二〇四・〇円から二〇四・一円で、一〇月九日に一〇〇枚を二〇四・二円で仕切って値洗益を出した。

その後一〇月一四日に一五〇枚を二〇四・二円から二〇三・一円で売建して右の範囲で両建の状態(ただし、五〇枚については限月が異なる。)になったが、すぐに一六日にこれを二〇二・八円から二〇一・〇円で仕切って値洗益を出した。

このように、東京アルミの取引においては、営業日の八割以上の日において両建(一部の両建及び限月が異なるものを一部含む。)状態となっており、両建が多用されたということができる。そして、他の取引においも、両建は行われた。

この間九月一九日及び二二日に買建した四〇〇枚(買付値段二〇四・五円から二〇五・六円)は仕切られることなく、売建玉の仕切によって右のように値洗益が発生するのに伴って値洗損が増加していった。そして、そのうちの二五〇枚は一〇月二二日及び三一日に仕切がされ、合計で一四五五万五〇〇〇円の値洗損が発生した(なお、残りの一五〇枚については、その後に仕切がされ、合計で二六〇万円余の値洗益を出した。)。

9  また、その後の原告X1名義の東穀コーンの一〇月一七日の取引においては、一〇〇枚の売建玉を仕切ると同時に、一〇〇枚の売建が行われている。さらに、原告X1名義の東穀米大豆の一一月二〇日の取引においても、一〇〇枚の売建玉を仕切ると同時に、一〇〇枚の売建が行われた。

10  ところで、一〇月に入ると、被告Y1から原告X1に対し、「アルミの方はうまく行っている。今はとうもろこしが良いから、これもやってみてはどうか。」などと誘ってきたので、原告X1は、アルミの取引が順調であるならば被告Y1の勧めどおりにとうもろこしも取引をしようと考え、とうもろこしの取引のために三菱信託銀行の株券一万株を被告Y1に交付した。

一〇月一四日(火)ころ、原告X1は、被告Y1から、「取引は順調に行っている。個人名義のほか会社名義でも取引した方が個人の儲けを分散できて、税務上も有利ですよ。」と誘われたため、原告会社名義でも取引を始めることにした。そこで、原告X1は、一〇月二〇日(月)に、前記銀行で被告Y1と会い、会社名義での取引開始に関する書類を作成し、同日、委託証拠金として、トヨタ、三菱商事、三菱地所各二〇〇〇株、三菱化学八〇〇〇株の株券を被告Y1に交付した。

11  その後、一〇月二一日(火)に東穀コーンの取引が原告会社名義で、一〇月二二日(水)に東穀米国産大豆の取引が原告X1名義で、一〇月三一日(金)に関門コーンの取引が原告会社名義で、一一月六日(木)に関門米国産大豆の取引が原告会社名義で、一一月七日(金)に関西大豆の取引が原告X1名義で、一一月一三日(木)に中部乾繭の取引が原告会社名義でそれぞれ開始された。

12  被告Y1の取引に関する連絡は、事前にされる場合も「今度は○○にしましょう。」といった程度の簡単なもので、簡単な事後報告の場合も多く、特定はできないものの、事前事後の承諾ないし報告が全くないままされた取引もあると考えられる。

特に一〇月一六日(木)及び一七日(金)と、同月二三日(木)及び二四日(金)とは、原告X1は一泊旅行に出かけ、連絡がつかない状態であったから、この日に行われた取引は事前の承諾なく行われたものである。

13  取引の経過については、被告会社から原告X1及び原告会社に「売買報告書および計算書」が逐次送付されてきており、これには、取引を仕切った場合には、その損益(売買差金から、委託手数料、消費税及び取引所税を控除した最終的な損益)が記載されていた。また、取引残高についても残高照合回答書が原告X1及び原告会社に送付又は示されており、これには、各取引ごとの値洗の損益(委託手数料、消費税、取引所税を差し引く前の損益)が記載されていた。原告らは、これに対し同回答書の内容に相違がない旨の記載をし、署名捺印して被告会社に送付又は交付していた。

これらの書類の記載内容を見れば、原告らにおいて、各仕切の際の最終的な損益、残高の値洗損益を認識することができ、また、これらを全期間にわたって整理すれば、全体の損益を認識することができた。しかし、原告X1は、うまく行っているなどという被告Y1の説明を単純に信用し、これらの書類の内容を十分見ることもせず、また記載内容の分からない点について被告Y1ら被告会社の者に納得できるまで説明を求めるようなこともしなかった。

14  その後、被告Y1は、「証拠金が足りなくなってきた。不足の証拠金を入れないと、株券を処分することになる。」などと、追証を入れることを強く求めてきたので、原告X1は、現金は要らないはずであったのに、などと不満を抱きながらも、定期預金を解約するなどして、一〇月二二日に一〇〇〇万円、二八日に一〇〇〇万円、二九日に三〇〇万円を被告会社に振り込んだ。原告X1は、疑問を持ち始め、被告Y1に対し「儲かっているのかどうかはっきりさせてほしい。」などと繰り返し問い質したが、被告Y1は「大した損は出ていない。」などと言って損失の額を明示しなかった。原告X1は、不審の念を抱いたものの、さらに被告Y1に新しい取引を言葉巧みに勧誘され、それ以上、自らの手元資料を検討するようなこともしないまま、右11のように結局新規取引を次々承諾した。

その後も、原告X1は、被告Y1の強い求めにより、委託証拠金として、個人で一一月一二日に一〇〇〇万円を被告会社に振り込み(個人の分は合計で三三〇〇万円となる。)、他方原告会社から、一一月一四日に一〇〇〇万円を、一一月二一日に五〇〇万円を、一一月二六日に七四〇万円をそれぞれ被告会社に振り込んだ(原告会社の分は合計で、二二四〇万円となる。)。

15  原告X1は、一〇月下旬ころから体調が悪くなり、一一月一七日に病院で検査を受けたところ、入院して精密検査を受ける必要のあることが判明した。そこで、原告X1は、被告Y1に電話し、入院することになったこと、今後新しい取引はしないことを伝え、原告X1及び原告会社名義の双方の取引を縮小するよう求めた。これに対し被告Y1は、分かりましたなどと答えた。次いで、原告X1は、入院直前の一二月一日に被告Y1と会い、三日から入院することになったことを伝え、取引をやめたいので、手仕舞の方向で処理するよう求めた。これに対し被告Y1は、分かりましたなどと答えた。しかし、被告Y1は、原告X1の要請に反し、一一月一七日以降はもとより、一二月一日以降も従来の取引とほとんど変わらない態様及び数量で、新たな買建・売建を含めて各種取引を行った。

16  その後、原告X1は、病気を心配して駆けつけた長男と話すうち、本件の取引に疑念を強め、一二月一六日(火)に原告ら訴訟代理人の永田弁護士の同席のもとに、被告Y1と病院で会い、即時全取引の仕切を求めた。そこで、翌一二月一七日(水)に全取引が決済されて取引が終了した。

その結果、原告X1について合計二九〇一万三五四一円、原告会社について合計九二八万二三四〇円の各損失が発生した。

二  不法行為の成否

右認定の事実に基づいて、不法行為の成否について判断する。

1  説明義務について

前記認定のように、原告X1は、d大学工学部を卒業して、大企業の高いポストを歴任した知的レベルの高い社会人であると評価することができるが、他方では、商品先物取引はもとより、株式の売買取引もしたことがなく、投機性が非常に強い商品先物取引については完全な素人であった。そして、被告Y1としては、九月一八日のやりとりの経過からこの原告X1の属性を十分認識することができたものと推認することができる。また、原告X1は、相当な資産を有していたものの、商品先物取引のような投機性の高い取引をするようなニーズを有していたとはいえないから、このような原告X1に対し商品先物取引を勧誘するについては、取引の仕組みを十分説明し、特にその危険性を十分認識させ、その納得を十分得る必要があったということができる。

しかるに、前記認定の事実によれば、説明が全くされていないとは認められないものの、全体として被告Y1の説明は、現金がなくても大きな利益を容易に得られるという点を前提として、アルミの取引を勧誘することに重点が置かれ、危険性の点は形式的な説明にとどまっていたものと認められる。したがって、その結果、原告X1に対し、商品先物取引においてはさほどの危険がなく容易に大きな利益を得ることができるとの誤った印象を与えるに至ったものと認められる。そうすると、原告X1の対応がいかにも不用意であることを考慮に入れても、被告Y1は説明義務を十分果たさなかったといわなければならない。

2  一任売買・無断売買について

前記認定の事実によれば、特定はできないものの、本件取引中には無断売買があったと認められ、さらに事後報告しかないもの、事前に勧誘をしたものにおいても極めて簡単な説明しかないものが少なくなかったと認めるのが相当である。そして、被告Y1がこのような取引を行ったことについては、原告X1において被告Y1を盲信して同被告のすることに全く異議を唱えず、被告Y1の言うがままに任せていたことにも責任があるといえるが、反面では、被告Y1は、ほとんどの場合原告X1のこのような対応をいいことに自己の判断で勝手に本件取引を進めていたということができる。したがって、本件取引の多くは、法九四条三号、四号、規則三二条、三三条三号に違反する一任売買又は無断売買であったというべきである。

3  過当売買について

証拠(甲二六、被告Y1)及び弁論の全趣旨によれば、社団法人日本商品取引員協会は、自主規制として受託業務に関する規則を定め、会員は、受託業務の適正な運営及び管理に必要な事項について社内規則としての「受託業務管理規則」を定めることとしていること、同協会作成の「受託業務管理規則」の参考例では、商品先物取引の経験のない受託者については三か月間の習熟期間を設け保護育成措置を講ずるものとしていること、同協会作成の「商品先物取引の経験のない新たな委託者からの受託に係る取扱い要領」の参考例では、商品先物取引の経験のない委託者の建玉枚数に係る外務員の判断枠を二〇枚と定めるとしていること、そして、被告会社においてもこれに従って右各参考例と同趣旨の管理規則ないし要領を作成していたことが認められる。しかるに、前記認定のとおり、新規取引の翌々営業日には八〇〇枚、アルミの総代金にして約一六億四〇〇〇万円という巨額の取引が行われ、その後も数百枚以上の残高で取引が推移したものであるから、本件取引は常識を超えた多量の取引であったと評価するのが相当である。

また、弁論の全趣旨によれば、原告ら名義の全取引回数を、新規取引で一回、仕切で一回、分割仕切は各仕切ごとに一回、ザラバ取引は同じ日の取引を一回として数えると、原告X1及び原告会社を合計した取引回数は三〇〇回余となること、本件取引期間(九月一九日から一二月一七日まで)中の営業日数は六〇日であることが認められるから、これによると、一営業日に五回程度の取引をしていることになる。このような取引回数は、経験のない委託者が十分事態を理解して取引を行うにためには余りにも多すぎるものといわざるを得ない。

このように、本件取引は、極めて多量の取引が極めて頻繁に行われたものというべきであり、しかも、本件取引全部が右にみた「習熟期間」内の取引であるから、本件取引は、顧客の利益に十分配慮したものではなく、被告会社の利益(取引が多量かつ頻繁になればなるほど、手数料収入は増大する関係にある。)を第一に考えたものであったとの評価を免れず、この点も本件取引の違法性を基礎付けるものというべきである。

4  両建について

前記認定(一の6、7、8)のように、本件の取引においては、両建が少なからず行われたところ、証拠(甲二七)及び弁論の全趣旨によれば、両建は極めて危険な手法であって、一般に今日においてはこれを行う意味はほとんどないと考えられているものと認められる。しかして、東京アルミの当初の取引において行われた四〇〇枚ずつ、合計八〇〇枚の両建については、合理的な理由が認められず(なお被告Y1も、本人尋問において、合理的な理由を説明していない。)、他の両建についても、被告らの主張に沿う乙一二及び被告Y1は、乙二一から二五を併せ考慮しても採用することができない。

また、前記一の8にみた九月一九日及び二二日に買建した東京アルミ四〇〇枚に対する処理は、引かれ玉を手仕舞せずに反対建玉(両建)を行い、その後の相場変動により利の乗った建玉のみを仕切り、短日時のうちに再び反対建玉(両建)を行っているもの(甲二四参照)であるから、当時商品先物取引において違法な取引であると考えられていた「因果玉の放置」に該当する。

よって、本件取引における両建は、顧客の利益を考慮しないものであるから、この事情は本件取引の違法性を基礎付ける事情というべきである。

5  売直しについて

前記一の9に認定した取引は、合理的な理由のない売直しと評価されるから、この取引も顧客の利益を考慮しないものである。よって、この点も本件取引の違法性を基礎付ける事情というべきである。

6  仕切拒否について

前記一の15の事情は、被告Y1において原告らの利益を顧慮しない行動をとっていたことを端的に示すものであり、違法な仕切拒否として、本件取引の違法性を基礎付ける事情というべきである。

7  不法行為の成否(まとめ)

右の1から6までに説示した事情は、いずれも取引の違法性を基礎付けるものであり、かつ、本件取引に係る被告Y1の行為は、被告らの基本的な姿勢を背景に本件取引の最初から最後まで一連のものとして一体として行われたということができ、かつ、被告Y1には過失があったと認められるから、被告Y1の右行為は一体として一個の不法行為を構成すると認めるのが相当である。

そして、被告Y1の右不法行為は、被告会社の業務の執行について行われたものであるから、被告会社は、民法七一五条一項に基づき、被告Y1と連帯してこれによる原告らの損失について損害賠償義務を負うというべきである。

三  過失相殺

原告X1は、商品先物取引には素人であったものの、九月一八日の被告Y1の説明だけで取引に入ったことはいささか軽率であり、また、被告Y1から交付された委託のガイド等を全く読むこともなく、疑問が解消するまで問い質すこともなく、安易に被告Y1の言動を容認したことも、不用意、不注意であるといわざるを得ない。しかも前記認定のとおり、原告X1は被告会社から「売買報告書および計算書」並びに残高照合回答書を交付されていたのであるから、これを検討すれば、損益の状況を認識することができたのに、理解できないとして全くこれを検討すらしていなかったのであって、投機取引を行う個人及び会社の代表者として取引の自己管理が極めて不十分であったとのそしりを免れない。

しかし、反面、被告Y1の行為は、取引員として最も基本的な顧客の利益擁護の要請をほとんど顧慮しないものと評価され、その違法性は決して小さくないといわなければならないから、原告らの過失を強調し過ぎることも相当ではない。

そこで、右の諸点を総合考慮して、本件の損害賠償額を定めるについては、原告らの損害から三五パーセントの過失相殺をするのが相当である。

そうすると、過失相殺後の原告X1の損害額は一八八五万八八〇一円(二九〇一万三五四一円×〇・六五)、原告会社の損害額は六〇三万三五二一円(九二八万二三四〇円×〇・六五)となる。

四  弁護士費用、総損害額

本件訴訟の内容、経緯、認容額等諸般の事情を総合して、被告らの不法行為と相当因果関係のある弁護士費用に係る損害額は、原告X1が二三〇万円、原告会社が七五万円と認めるのが相当である。

そうすると、原告X1が被告らに請求できる損害賠償額は二一一五万八八〇一円、原告会社が被告らに請求できる損害賠償額は六七八万三五二一円となる。

第四結論

以上の次第で、原告らの被告らに対する請求は、右の各損害金とこれに対する不法行為の後であることが明らかな平成九年一二月一八日以降の民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その他は理由がないからこれを棄却することとして、主文のとおり判決する。

(裁判官 岩田好二)

〈以下省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例